苦労と思わないのが玄人
難しい言葉を使う人間は難しい言葉じゃないと自分が満足できないんだって
だから難しい言葉を使ってくる人間はただの自己満で
簡単な言葉で解りやすく説明できる人間は思いやりのある人
学力的に言えば同じレベルだと思う
差があるとすれば人間性
「いい事だったら嘘なら嘘でも構わない」という考えの人は、インターネットの利用に向いていないので、今すぐプロバイダーに解約の電話をいれて、スマートフォンはたたき割った方がよい。そんな人はデマを拡散するだけの加害者にしかならないからだ。
いや、インターネットがなかった関東大震災でもデマのせいで人が殺されているわけだから、耳を切り落とした方がいいかもしれない(あ、切り落としただけじゃダメだわ)。
<p>誰しも「間違ったことを発言したり、それを信じたり」することはある。重要なのは、間違いを知った時に「素直に事実を認めて、謝ること・訂正できる」ことだ。</p>
<p>しかし、「いい事だったら嘘なら嘘でも構わない」というのは、開き直りでしかない。<br>今回は結果として「たまたま」「偶然に」いい結果だっただけ。これは6発入る拳銃に、5発弾丸をつめて行う逆ロシアンルーレットをしているのと同じだ。今回は幸運なことに発砲しなかっただけ。</p>
時間というものは一時間あったら50分しか使ってはいけないものだ、とわしは子供の時おそわった。
どんなに根を詰めても10分は休まないとな。
朝の8時から起きて一日を過ごせば、午後8時にはほぼ完全な休息に入らなければ人間は人間でなくなってしまう。
10歳以下の子供なら午後8時はもうベッドに入っている時間である。
眠るためでもあるが、日常とは切り離された時間のなかで、いろいろなことを考えるためです。
日本のひとは時間を隙間なく埋めてしまうのが大好きなようにみえる。
「ぎっちりした時間」が出来上がると、ちょっと嬉しそうだ。
逆に午後4時から午後7時まで「なにもない空白」な時間があると、とても不安になったりしそうである。
この3時間を、どうやってすごせばよいだろう。
ほんとうは、3時間も空いてしまったら、大チャンスなのだから、もしきみが海辺の町で仕事をしているのだったら、ベーカリーによってクリーム・バンを買って、コーヒーのボトルをもって、海辺のベンチに歩いておりていって、ぼんやり海を見ているのが良いのです。
ずっと昔のことを考えて、ああ、あんなことあったなあ、と頭の奥のすみっこで曖昧な輪郭をなしている記憶を呼び起こす。
持っているクルマのサードギアがスムースに入らないのはなぜだろうと思う。
自分にはどんな伴侶が向いているのだろう。
SFって読んだことないけどおもしろいのかな。
文明人の特徴というべきか定義というべきかは、まさにこれであって、文明人で精神が健全なら「3時間」などは、そうやってぼんやりものごとを思い浮かべているだけであっというまに経ってしまう。
そうやって3時間を過ごせないで退屈してしまうひと、というのは、それだけ自分の中の文明が破壊されてしまっているのだと思います。
疲れた顔で笑わないで
疲れた体で仕事をしないで
疲れた心でやさしくしないで
静岡県 15歳
2010-07-15
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