人が自分の期待したようにしてくれない時、
私たちは怒ったり、ひがんだり、いじけたりします。
それは、「この人は、私の期待に答えるべきだ」
という思いこみが心のどこかにあるということなのです。
相手が自分の支配に服さなかったことへの怒りなのです。
逆に、相手の期待に答えようとして答えられなかった時は、
自分を責め、自己嫌悪に沈みます。
これは、「私は、この人の期待に答えるべきだ」
という思いこみの結果なのです。
自分の期待に答えることを相手に要求するのは、
「支配」です。
相手の期待に答えることを自分に要求するのは、
「隷属」です。
どちらも人間本来の姿ではありません。
一方は自分を神とし、
他方は人を神とするのです。
私たちは、誰も神としないで、
どこまでも人間として、
そして自分として生きるべきなのです。
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